ぼくたちの、かあちゃん
□ぼくたちの、かあちゃん (20)
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「ほおー、仙蔵は細くて大人しい女の子が好きなんだな!じゃあ、かあちゃんはちょっと違うや!」
「ああ、そうだろう。だから落ち着いてくれ…退くんだ左門。」
「なんだ仙蔵!名前くらいが一番抱き心地がいいんだぞ!まー確かに大人しくはないけどな!」
「ばっ!バカタレ小平太…!子供の前だぞ…ッ!」
誰が誰を好きか好きじゃないかなんて、くだらない論争はさておき。
渦中の仙蔵もようやく腰を下ろしてお酒を飲み始めることができた。
何故か仙蔵を敵対視している左門の無駄絡みは止まらないけれど、紳士な仙蔵は顔を引きつらせながらもちゃんと左門に付き合ってくれているみたい。
とっても失礼なことを言われている気がするが、これ以上仙蔵に絡んだら左門と小平太がうるさそうだから止めておいた。
仙蔵め…大人しい子が好きってなによ…初耳なんですけど。
小平太は呑気にがはははと笑っているけれど、あんたが一番大人しくないんだからね!
そんな小平太は何故だか顔を真っ赤にした文次郎に叱られていて、ざまあみろと思った。
「ねーえ、三之助。母ちゃんそんなに太ってないよね?」
「え?かあちゃん文次郎に重いって言われてなかったっけ。」
「うっ…。」
「……でもさ、俺はかあちゃんくらいがちょーどいいとおもう。」
「さんのすけーっ!」
「げえっ!恥ずかしいから勘弁してよかあちゃん!」
左門が仙蔵に夢中になっている隙を狙ってか、珍しく私の膝の上を独占していた三之助。
三之助がいつもツンツンして大人ぶっているのは、きっと少しおバカで大切な左門を守るため。
左門の代わりに自分がしっかりしてなきゃと三之助なりに思ってのことだと感じる。
だから、たまにはこうやって母ちゃんを独り占めさせてあげるんだ。
「かあちゃん。見てみて、文次郎のやつまた小平太と喧嘩してる。」
「ね、アイツら本当に飽きないねー。」
「…名前が来て嬉しいんだろう。」
「え?じゃあ…、長次も?」
「………聞くな。」
長次は少し間をおいてポツリとそう言うと、また静かにグビグビと缶ビールを一缶飲み干していた。
小平太は聞いてもないのに自分から感情を露わにするし、文次郎はあんまり口に言って出さない方だけどなんだかんだ態度で丸わかりだし。
長次も長次で聞くななんてぶっきら棒に言いながら、心なしか頬っぺたが赤いし…可愛い奴達め。
地元にはなかなか帰れてなかったし、皆が嬉しいんだったらたまにはいいか。
猫のじゃれあいのような可愛い喧嘩も止めないでおいてあげよ。
…クールな仙蔵もこれくらい分かりやすいと、嬉しいんだけどなあ。
なんてぼーっと考えていると、ぐいぐいと胸元を引っ張られて目線を下に落とす。
「どうしたの三之助、眠くなってきた?」
「ううん、なんか母ちゃん呼ばれてる?」
「…え?」
え?呼ばれてる?誰に?
ポンポンと三之助の頭をを撫でながらそっと耳を澄ますと、嫌でも耳に入ってきたのは…。
「…………名前ーーーッ!」
「…うわ。」
「……三之助、こっちに来い。」
うわ、と思わず出てしまった声。
ようやくお出ましかと思って困ったように長次を見ると、長次も何か悟ったのか私の代わりに三之助を抱き上げると自分の膝の上に乗せた。
「おおーいッ!!名前ー!!開けろー!」
「お願いだからしっかり立ってくれよ〜!玄関開いてるってば〜!」
玄関の方に向かって行くと外には二つの人影が。
一人がもう一人を必死に抱きかかえている姿が見えて、思わず可哀相に…と同情しながら仕方なく玄関を開けてあげる。
「伊作、おつかれ。…なにしてんの。」
「ああ〜ん!名前!そんな冷たい目で見てないで手伝ってくれよ〜!」
「…名前テメェ!俺に何も言わねーで先に帰りやがって!裏切ったな!ふざけんなコラ!」
案の定、そこには今にも泣きそうな顔をしている伊作と、そんな伊作に抱きかかえられている留三郎が居た。
大変だったんだから〜、と今にも零れ落ちそうな涙目で私に助けと同情を求める伊作。
その伊作とは対照的に、手を伸ばしたら噛み付かれるのではないかというくらい怒っている留三郎。
そんな獰猛な犬のような留三郎からは既にお酒の匂いがプンプンした。
「もー、…なんでこんなに酔ってんの。留三郎は。」
「名前お前!なんだその面倒臭そうな顔はァ!」
「も〜!留三郎ってば電車の中からずーっと!お酒飲んでたんだよ!」
伊作によると、仙蔵から一足先に私と実家に帰るからお前等も来たらどうだと伊作に連絡が入ったと。
そのことを何の気なく留三郎に伝えて、僕たちも一緒に帰ろうよと言ったら留三郎はワナワナと震えて突然怒り出したらしい。
お前は…子供か!
私だって、仙蔵に会う前は留三郎にどこか連れてってもらおうと考えてたよ。
でもさ、留三郎は最後の最後まで仕事だったじゃんか…。
伊作に怒っても仕方ないのに、変わらずおバカだね留ちゃんは。
「僕はお酒も飲まないで、家からここまで運転してきたのに…」
「コラ伊作ゥ!俺は見ての通り酔ってねェぞー!そうだろ名前!」
「はいはい、ソーデスネ。……なんとかして長次。」
「……ほら、水だ。」
留三郎の大声を聞きつけてか後ろからのっそりやってきたのは、長次だった。
気が利く長次の右手には酔い覚ましのための水…そんなもの持って来ようとは微塵も思わなかったよ私は。
留三郎は優しい長次から水を受け取り飲み干すと、長次久し振りじゃねえか!とすっかり機嫌を直してアツイ抱擁。
…うんうん、とりあえずよかった。
そう頷きながらその光景を見ていると、私の横で伊作が奥底からため息をついている。
「はああ…。」
「……伊作?またなに落ち込んでるの。」
「来る途中で車、擦ちゃったんだ…あああ。」
留三郎のせいで電車も寝れなかったし怒鳴られながら運転もして疲れたよ…、と目にうっすら涙を溜めている伊作。
伊作は昔から泣き虫ちゃんで有名で、私もよく伊作をいじめ…、いや、可愛がっていたね。
昔のことを思い出しながら、ポンポンと優しく伊作の肩を叩いて慰めてあげる。
「かあちゃん僕に内緒で居なくなったな!…あっ!留三郎!伊作も来たのか!?伊作だ!」
「あー!留三郎と伊作だー!伊作すっげえひさしぶりじゃん!」
「左門、三之助!ふ、ふたりともひさしぶりじゃないか〜!」
突然居なくなったまま帰ってこない私を心配して玄関までやってきた左門と三之助。
久し振りに会う伊作を見つけて一目散に駆け寄って来る二人が可愛らしかった。
走ってきた二人を見て伊作の顔がようやくパアアッと明るくなって、よかったと思った。
「左門と三之助ーっ!俺はお前達が居なくて電車の中からずっと寂しかったんだぞー!」
「うおー!?留三郎!なんだなんだ!酔っ払いだぞ!?」
「ぎゃはは!留三郎!酔っぱらってんの?酒くさー!」
「ほら!いいから行くぞー!!」
両手を広げて左門と三之助と感動の再会をしようとしていた伊作を尻目に、留三郎は二人を掻っ攫って担ぎ上げると
さっきとは打って変わってご機嫌な笑顔で居間に向かって行った。
一人残された伊作は両手を広げたまま呆然と立ち尽くしていた。
…不憫だけど、二人とも伊作に会いたいってずーっと言っていたから安心しなねと後ろで思いながら笑いをこらえてその光景を見ていた。
「ぼ、僕も左門と三之助を抱きしめたかったのに…留三郎のばか…。」
「伊作、丁度いいな。買い出しに行ってこい。酒が足りない。」
「え〜っ!仙蔵!僕今来たばかりなのに!?」
「愚痴愚痴言ってんじゃねーよ。コンビニなら車ですぐだろーが。」
「ええっ!文次郎まで!久し振りに会えたのに人使いが荒くないかい!?」
感動の再会を留三郎に邪魔されてがっくり肩を落としていた最中、追い打ちをかけるように仙蔵と文次郎のパシリに使われる伊作。
…昔から伊作って、不運だよね。
さすがに見かねた私は、しょんぼりと肩を落としてとぼとぼ車に向かって歩きだした伊作の背中を追いかけた。
「あれ……、名前…?」
「伊作。あいつらウルサイから、一緒に行くよ。」
「名前ー!」
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「伊作とも、だいぶ久しぶりだもんね。」
「名前にも会いたかったよ〜!僕は左門と三之助に嫌われちゃったかな?はあ、落ち込むな〜…。」
「左門と三之助もね、伊作に会いたがってたんだよー。最近は留三郎しか来なかったから。」
「…僕もずっと会いたかったんだ、二人にごめんねって謝らなきゃだね。」
伊作は幼馴染の中でも人一倍心配症だから、私たち三人が伊作と仙蔵と留三郎の居る東京に行くと決まった時もすごく心配していたし。
私たちが東京に行ってから今まで、伊作は誰よりもマメに何度も何度も家に来てくれていた。
昨年は酷い風邪をひいてダウンしていた私を看病しながら、左門と三之助の面倒を一生懸命見てくれたのだ。
その後はお決まりで伊作が風邪をこじらせてしまったけど、笑顔で私が元気になってよかったと言ってくれた伊作はカッコいいなって初めて思った。
最近は仕事が忙しいって言ってたから連絡だけで会えなかったけれど。
あんなに弱々しくて心細かった車のハンドルを握る手も、すっかり逞しくなったね。
ふふふ、と運転しながら照れくさそうに笑う伊作を見て私も安心した。
他の幼馴染みに比べてだいぶナヨナヨっとしている伊作だけれど、長次と同じくらい優しさで溢れているんだよね。
「へへ…いつも左門と三之助が居たから、名前とこうやって二人きりだと…、緊張しちゃうね、」
「………なにそれ、きもちわるい。」
「ええ!?」
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とことんいじられキャラの伊作です