ぼくたちの、かあちゃん

□ぼくたちの、かあちゃん (19)
1ページ/1ページ




「…そうだ、合っているからそのままやってみろ。」



その、文次郎の真剣な眼差しとは打って変わって。



「へえー。ほんとだ出来てる。」



私は頬杖を突きながら、ぼけーっと目の前の光景を眺めていた。
さっきまであーだこーだと説教でうるさかったあの潮江文次郎が、左門と三之助にこんなにも熱心に夏休みの宿題を教えている…。
文次郎の説明が分かりやすいのか、二人とも真剣な表情で頷きながら宿題に向き合っていた。
すごいな…私が教える時は左門も三之助もすぐに集中力を切らして、消しゴムも鉛筆も遊び道具になってしまうのに。



「…ああっ!これ!できた気がする!」

「見て見て!僕もできたぞ!見てくれ文次郎!」

「おおっ!二人ともすごいじゃないか!」



素直に思った。
文次郎ってば、この子達のお父さんみたいだなあ…なんて。
それと同時にやっぱり私も小学生時代は、もう少し勉強をやっておくべきだったと反省する。
そうしたら左門と三之助だってもう少し成績が良くて、女の子にモテたのかなあ…ごめん。
でも、文次郎は全然モテていなかったから…関係ないか。
そんな失礼なことを一人であれやこれや考えているうちに、外で聞き覚えのある音がした。



「…あ、父さんかな。」



外で聞こえたのは車の音。
久し振りの実家だから、仕事や飲み会でなかなか家に居ない私の父さんにも会っておきたかった。
孫の成長ぶりにまた驚くかなー、なんて考えると思わず顔がほころびながら、玄関へ迎えに行き扉を開ける。



「おかえりー、って……。」

「ただいま!名前!!待たせたな!」

「……小平太。人様の家だ、静かに入れ。」

「名前の家は我が家みたいなもんだ!そうだろう長次!」



勢いよく玄関を開けて入ってきたのは父さん…じゃなくてやたらガタイの良い小平太と長次。
小平太は細かい事は気にするなよ長次!がははは!と本来であれば私が言うはずの台詞を言いながら
乱暴に靴を脱ぎちらかして、ズカズカと我が家に上がり込んでいく。
もー、またジャイアンみたいなこと言って、靴くらい揃えなさいよね…子供じゃないんだから。



「もんじろーー!小平太と長次が来たよ。」

「なんだ!文次郎がいるのか!…私より先にッ!」



ムッと何か良く分からない対抗心をむき出しにして、口をとがらせる小平太。



「うるさいのが来たか、……じゃあ今日はここまでだな。」

「文次郎!お願いだから明日もやってくれよなー!」

「なんなら文次郎がやってくれれば、こんな宿題すぐ終わるぞ!」

「バカタレ。お前らはこれが仕事なんだからな。」



二人の頭を誇らしげに撫でている文次郎…なによ、私にもそれくらい優しくしなさいよ。
そんな光景を見て余計に対抗心を燃やした小平太が、明日は私が教えてやろー!と二人の宿題を覗き込む。
小学生の問題くらい任せろ!と意気込んでみるも、その内容にあっと言う間に石のように固まっていた。
そうだよ!最近の問題って意外に難しいんだから!
長次ならともかく、この私より成績の悪かった小平太には内容が濃すぎたかもしれない。



「…名前。これを頼む。」

「あれ?長次、なにか買ってきてくれたの?」

「…とりあえず、これだと思って。」

「…あ、これね。」



長次から渡されたビニール袋の中には、大漁のお酒とおつまみが入っていました。



「待て!なんだなんだーッ!それは!」

「うげーっ、ビールじゃん!」



左門が興味深々で長次に近寄る中、それを見た三之助の顔がゲゲッと引きつる。
ビールなんて子供からしたら、大人が何故か好んで飲む美味しくないもの。
…私もかつてはそうだった。
あんた達も大人になったら分かるんだよーっと思う。



「…お前たちは、これだ。」

「わー!長次サンキューな!」

「もらっていいのか?やったー!」



長次が足元にかけよってきた左門と三之助に渡したのは、二人のために買ってくれたのであろう子供向けのお菓子とジュース。
自分が楽しめれば何でもいい小平太ならこんな気は利かないだろう。
長次、あんたってやつは…どこまでも気が利くのね。



「…名前も、ほら。」

「久し振りだ。ありがとう。」



ヒヤッと冷たい缶ビールを手に取る。
ビールなんて、本当に飲まなくなったもんなー。











「ッ、ぷっは〜〜!うま〜!」

「…小平太!それってそんなに美味しいものなのか?」

「よし!左門!一口飲んでみろ!」

「わかった!」

「オイ!小平太ァ!」「…やめろ小平太。」「よしじゃないでしょ!ばか!小平太!」



そんなやり取りを、三之助は文次郎の膝の上でお腹を抱えて笑って見ていた。
左門も久し振りに大人たちに相手をしてもらって、とっても嬉しそうに笑ってる。



「くそー!名前にも怒られたー!」

「ケッ、お前のせいだろうが。」

「何だとッ!来い文次郎ッ!」



男性ホルモンだけで出来上がっていると言っていいくらいに、血の気が多い小平太と文次郎。
そんなくだらないことで盛り上がることが出来るなんて、さすが男の子だなと思った。
とりあえず力比べにと腕相撲なんか始めてるし、それを三之助と左門は目を輝かせて見ているし。
悪影響を貰わなければいいけれど、楽しそうな二人を見て思い切って実家に連れてきてよかったなーと思った。



「あー、やっぱり長次の横が一番落ち着くね。」

「そうか…。」



静かな表情でグイッと缶ビールを飲む長次を見てしみじみ思った。
たぶん幼馴染みの中では一番お酒が強い長次。
酔っぱらったところを未だかつて見たことがないし、私も昔は長次によくお世話になった。
…うん、長次ってさ、何故だか見てるだけで落ち着くよね。



「…そういえばさ」

「…なんだ。」

「仙蔵もくる?」

「名前………。」



質問に対して何も答えずに、私のことを怒ったような真剣な目でじーっと見ている長次。
…なによ、仙蔵が来るか来ないか聞いただけなんだけど。



「名前お前…」

「文次郎まで、なにさ。」

「名前…ッ!」

「だから小平太も、…皆でなに怒ってんのよ。」



つい先程まであんなに腕相撲で盛り上がっていたはずの二人まで、動きを止めてこっちをジッと見ているし。
私の名前を呼ぶ文次郎は、うっすら額に血管を浮かび上がらせて今にもキレそうだし。
小平太までギリッと歯を食いしばって私を見ているし、…小平太のくせに何睨んでんのよ。



「……名前は、…仙蔵のことが好きなのか。」

「え?」

「やっぱりまだ…」

「ちがあうッ!え、て言うか…それでみんな怒ってたの!?」



仙蔵ってそんなに地元組と仲が悪かったっけ、仙蔵と誰かが喧嘩でもしてるんだっけ…
と、正解を探してぐるぐる頭の中で一生懸命考えたけど答えは出なかった。
そんな中ポツリ、と長次がそう呟いて全てを察する。
初恋を引きずっていると思われて、まだ酔っ払っても居ないのに顔が不思議と赤くなってしまう。
なによなによ…いいじゃない、昔のことなのに。



「やっぱりかあちゃんは仙蔵が好きなのか!?どうして!かあちゃん僕は!僕のことは何番目に好きなんだ!」

「仙蔵が一番で〜、俺が二番で、左門が三番だな!」

「え!どうして三之助が二番で、僕が三番なんだ!かあちゃん!」

「もう、左門と三之助が一番に決まってるよー。そうでしょ?」



小平太の近くに居た左門が、心配そうな顔をして駆け寄ってきて必死に私にしがみつく。
三之助も文次郎の膝から離れて私の背中にしがみついてくるあたり、何だかんだ母ちゃんが好きなんだよね。

ああー、男の子って本当に可愛い。

可愛い左門と三之助が私の恋人だよー、と持っていた缶ビールを置いて左門を抱きしめてあげると嬉しそうに笑っていた。
背中にいた三之助も捕まえて、左門と一緒に前から抱きしめてあげると満足そうな顔して笑ってる、可愛い。



「ほらな左門!留三郎が言った通り仙蔵はかあちゃんの初恋だったろー?」

「けっ、留三郎は子供に何を言いふらしてんだ、くだらねえ。だからアイツは…」

「名前の初恋は私じゃないのか!?私は名前なんだけど!?これから私と二人で話し合いだ!どけ左門!三之助!」

「わー!小平太力強えー!」

「イヤだ!かあちゃん助けて小平太が!」

「小平太。左門と三之助をとらないで、小平太には長次がいるでしょー。」

「……落ち着け、小平太。」



得意げに話す三之助を尻目に、ブツブツと留三郎の文句が止まらない文次郎。
そして、恥ずかしい台詞をサラリと言いながら大きな声を出して私にすり寄ってくる暑苦しい小平太。
小平太が私の首にしがみついている左門と膝の上に乗っている三之助を、大人気なく両手で引き剥がそうとしている。
そんな小平太を、手でグッと押しのけて長次の方に追いやった。
初恋なのは認めますけど、今はべつに好きじゃ…。




「…お邪魔します。」

「「「あ、仙蔵。」」」

「なんだ?」

「せ、仙蔵…こんなときに…!」

「なんだ、相変わらず人気者だな、名前は。」




うるさくて気が付かなかったけど、不意に扉が開いて中に入ってきたのは物凄く間の悪い仙蔵だった。

ここに居る男達とはまた違う顔立ちの良さに、…久しぶりにちょっと仙蔵カッコいいと思ってしまった。

そんな仙蔵は、左門と三之助に抱き着かれながらも小平太にグイグイ迫られている私を見てくくく、と面白そうに笑っている。
…笑ってないで止めなさいよ、アンタのせいなんだから。

三之助が何を思ったのか、ニヤニヤ笑いながら私の膝の上からそっと離れてタタターッと仙蔵に駆け寄る。
その三之助の後を追うように、眉を寄せた左門も仙蔵の方へずんずんと足音立てて近づいて行った。



「なあなあ!仙蔵!仙蔵はさー!かあちゃんが好き?」

「…は?」

「仙蔵!気の毒だがかあちゃんは僕のことが一番好きなんだぞ!」

「オイ左門、なんの話だ。名前説明しろ。」



気の毒なんてそんな難しい言葉どこで覚えたの左門、なんて。
仙蔵が頭に沢山のハテナを浮かべてる姿を見ながら、私は呑気に笑ってしまいました。





−−−−−−−−−−−−
ぼくたちのかあちゃん、1年ぶりの更新…大変お待たせしました(>_<)土下座
出てくるキャラが多いと、本当に視点が傍観になってしまってどうしても面白くない…
すごくすごく悩みましたが加筆修正繰り返してようやくupです

ふう…左門と三之助を抱きしめ隊

次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ