ぼくたちの、かあちゃん

□ぼくたちの、かあちゃん (22)
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「ああっ!」

「うおっ、なんだよ…小平太、急に立ち上がったりして…。」

「文次郎!名前は!?名前が居ない!まさか伊作と一緒か!?」



少しずつ酔いが回り始めた同級生達と、胡座をかいて豪快に笑いながらお互いの仕事について話をしていたら。
俺の目の前にいた小平太が突然立ち上り、大きな声でそう言った。
名前が伊作と共に買い出しに出かけていることにようやく気が付いたようで、驚いた顔をして辺りを見回している。



「……今更かよ。気付くのが遅いんだよお前は。」

「なんだと文次郎ッ!そんな呆れた顔をするな!老けて見られるぞ!」

「うるせえ。…名前みたいなこと言うんじゃねえよ。」



小平太は謎の余裕があるのか、私としたことが伊作に先を越されたかと言いながらも高らかに笑っていて。
手に持っていた酒缶をまた勢いよく飲み干しているものだから、呆れてため息が出る。
名前が居ないことに気が付いたのは、小平太だけではなくて。



「かあちゃん居ないのか…。ねえねえ、小平太。」



小平太のすぐ傍に居た三之助も、名前が居ないことを確認するかのように辺りを見回した後で、そっと口を開いた。



「お?どうした、三之助。」

「あのさ、かあちゃんって、小さいときはどんな子だった…?」

「……名前の、小さい頃?」

「あ!かあちゃんの話!三之助だけズルい!僕も!」



大好きな母親である名前の話題に敏感に反応した左門が勢い良く、バッと立ち上がる。
二人は程よく酔っていて、すんなり話を聞き出せそうな小平太に詰め寄ると目を輝かせていた。



「覚えてる覚えてる!昔の名前は生意気で負けず嫌いだったけどやっぱり可愛かったぞ!なあっ!留三郎!」

「…あ?生意気なのは今もだろ。昔の名前はオンナガキ大将ってのがお似合いだな。」

「………そうだな、男友達のほうが多かった。」

「あんなに口が達者なくせに勉強は全然だったけどな。」

「へえー!かあちゃんもやっぱり勉強できなかったのか!僕と一緒だ!」



お互いの近況について静かに話していた留三郎や、長次と仙蔵も言うように。
名前は周りに居た男子よりも気が強くて、外で遊んでばかりいて、勉強が大嫌いで。
同世代の女友達とつるむより気が楽だったのか、家の近い俺達と毎日のように外で遊び回って。
日が暮れた頃に、毎回泥やら何やらで真っ黒になるまで遊んで帰って来るもんだから、女の子なのにとよくおばさんを困らせていた。
自分の知らない頃の母親の話を興味深そうに頬杖をついて聞いている左門。
そんな中、三之助はハッと何かに気がついて部屋を出ていくと、すぐその両腕に何かを抱えて俺たちのところへ戻ってきた。



「三之助、ソレなに?」

「…これ、母ちゃんに内緒だけど持ってきた。」

「わあ、ちっちゃいかあちゃんだ!」

「ほら!これが小学生でー、この服は中学生?」



三之助が抱えて持ってきた本の中、そこにはあどけない名前の写真がいくつも貼ってあるのが見えた。
恐らく幼少期のアルバムのようなものだろう。
ペラペラと分厚いそれを宝箱を開けるように嬉しそうな顔をして捲る二人。




「…ねえ、ねえ、高校生のかあちゃんは?」




「ん?…高校生の名前?…あー…」





三之助に投げかけられた質問に、突然黙り込み、ポリポリと頬を掻きながら不自然に目を泳がせている小平太。
三之助は小平太から思ったような回答が返ってこないことを不思議に思いながらも、ページをめくる手を止めなかった。







「ねえ、三之助、これ、だれだろ?」



「…これ、かあちゃん?」



「………ちがうよ、三之助、これはかあちゃんじゃない。」







二人が驚くのも、無理はない。




名前は、高校から、変わった。






「僕知ってる!こういうの、不良っていうんだぞ!」


「…これが、高校生のとき?」





そんな二人の姿を見て、三之助が何を知りたがっていたかが分かった。






「高校生ってことは、じゃあ!ここにさ!とおちゃんは?いる?」

「三之助、かあちゃんはとおちゃんは死んだって言ってた。」

「…そうだけどさ、左門。とおちゃんが生きてたらどうだったのかなーって。」

「とおちゃんはきっとイケメンだ!」








無邪気な会話に胸がグッと、締め付けられる。






正直それは、分からない。






ここに居る俺達、全員が。







「ただいまー」

「…げっ、かあちゃんだ!」

「わっ、かあちゃん!」




「左門、三之助ただいまー…、あ。」

「もう、皆に言われて名前と買い出しに行ってきたよー…って、え?」




名前のすぐ後ろにいた伊作の表情も、左門と三之助の手元を見て一瞬にして曇る。
そして伊作は、急に立ち止まった名前のほうを心配そうに見ていた。



「…名前、」

「もー、勝手に見たなー、…でもよく見つけてきたね、なつかしい。」



二人を怒るわけでもなく、ゆっくりと近付いて、一緒になって懐かしそうにアルバムを眺める名前の姿。



「ねーねー、これ本当にかあちゃん?」

「うん、そうだよ?見えない?」

「なんでこのかあちゃん、怖い顔してるの?」







「…そうだね、この時のかあちゃん、どれも笑ってないや、」





名前は真剣に見つめてくる二人を心配させないように、精一杯笑っているようだった。
そんな二人も、そんな母親を見てか父親の話を直接名前にすることは無かった。












はい!もう写真はおしまい!と見ていたアルバムを名前にすんなり没収され。
まだ物足りないとブーブー文句を垂れる子供たちには、代わりにアイスが配られていた。
そして伊作が戻って来たことで子供たちの騒がしさも元に戻り、先程のアルバムのこともすっかりと忘れ去られていた頃。
名前は、その場を静かに抜け出していた。



「……名前。」



昼間はあんなに日差しが差し込んで暑かったのに、田舎の夜は涼しくて。
そんな中、名前は一人でひっそりと縁側に座って空を眺めていた。
真上で静かに光る星空をぼーっと虚ろな目で見つめている名前が、俺の気配に気がついて目が合った。



「わっ、なんだ、…文次郎か。何?そのしんみりした顔。老けて見えるよ、やめなよ。」



口では強気にそう言っていても。
次に瞬きをした頃には、名前は封が切れたようにぽろぽろと両目に涙を溢れさせていた。



「まだ……、話してないんだな。」

「……うん、話してない、話してないよ。」

「…そうか、…今はそれでいい。」








それは、もう十年ほど前。


名前も含めた俺達七人は、小学校を卒業してあっという間に中学生になった。

小学生の時と変わらず、沢山遊んで沢山勉強もして、月日はまたあっという間に過ぎていった。



そして、その中学生最後の冬に、俺達は全員同じ高校を受験した。




理由は、こんなくたびれた田舎にある唯一の高校だったから。

俺達以外も同級のほとんどが同じ高校を目指していた。




成績が追いつかなかった名前や留三郎にも皆で懸命に勉強を教えて。

出来の悪かった小平太はスポーツ推薦をもらってなんとか受かった。



試験を終えて、合格発表の日。






結局、名前だけが目指していた高校に落ちてしまったのだ。






春から名前は、電車に乗って少し遠い高校へ。

俺達六人とは別の高校に、通うことになった。




「ねえ!ほら、みんな見て見て、こっちの制服の方が可愛いでしょ?」




そう俺達に笑いながら俺達とは違う種類の制服を身にまとって、くるりと回って見せる名前。

名前のそんな無邪気な顔に、その満足そうな笑顔に、上手く言葉をかけられずにいた俺達は内心ホッとしていた。

高校が変わったところで、名前は変わらないだろうと思っていた。





しかし、高校に入って少し経った頃。

名前が素行の悪い連中と連んでいるという噂が俺達の耳に届いた。






小さい頃から家族ぐるみで仲が良かったにも関わらず、親達は名前と余り関わるなと口を揃えて言うようになった。

名前の家の前を通ると、親父さんと言い合いをしている名前の声が毎日のように聞こえていた。



名前は俺達の知らない間に、知らない連中と毎日のように夜遅くまで遊ぶようになって。

高校で出来た恋人かは分からないけれど、どいつもこいつもチャラ付いて明らかに頭の悪そうな奴等のバイクの後に跨って帰ってきて。

成人式のために頑張って伸ばすんだと照れくさそうに言っていた髪の色も、突然明るく染めて。

痛いことなんか勉強をすることくらい嫌いなはずなのに、耳にはいくつかピアスを開けるようになって。

両親に買ってもらったあの新品の制服のスカートもバッサリと切って短くして。




家に帰ってきた名前と鉢合わせた時に、もうあんなこと止めてくれないかと言えば俺達全員尽く無視された。




「……ごめん、……っ、ごめん、文次郎、久しぶりに泣かせて、」

「もう泣いてるだろーが、……別にいい、俺も少し、居させろ。」






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