女は自分が何故ココにいるのか、自分の事さえもわからないらしい。
「気分はどうだ?」
「はい、お恥ずかしゅうござりますが昨晩、泣き喚いていたお陰でうんと瞼が腫れており
とても人様にお見せできるようなものではありませんので、襖越しですみませぬ。」
「なに、気にしないさ。其れよりお前、結構な身分の女じゃないか?今時、北の処でそのような着物など見たことはない。
汚れてはいるが、大層美しいものだろう?失礼だが、何処からか取ってきたのか?」
「いいえ、いいえ。これは私の物でございます。」
「…そうか、よし、着替えを持ってこさせる。独りで着替えられるか?」
「はい」
「そうか。しかし、気になるところがあるのでな、侍女を一人使わせる。お前の言う事ならなんにでも答えるし、どんなことでもするヤツだ。」
「………」
「しかし忘れるな。アレは俺と繋がっている事をな。では、失礼する。」
タスタスと言う足音が去っていくと女は襖の隙間から顔を覗かせる。
今思えば、自分はあの男の姿を一目たりとも見ていないのだ。女は青年の後姿を見つめる。
少年と言うには大人で、大人と言うにはまだ子供らしさが残りそうな雰囲気の青年。
言葉づかいこそ大人ではあった。と女はニ三度頷いた。
暫くして、青年が言った通り侍女が一人そっと部屋の前で止まり、襖をゆるりと開けて入ってきた。
「お持ちいたしました…」
侍女の声は透き通ってはいるものの、どこか不気味さを感じさせる。
「入ってもよろしいでしょうか」
淡々とした口調だと思いながら侍女を横目でみれば、その風貌に驚く。
銀の髪に、透き通るような白い肌。もう少し、少しほど成長したならばどれほど美しい女になろうか。
その黒い瞳の中に薄く紅く見えるキレイな瞳が此方を凛と見つめていた。
「え、えぇ…」
戸惑いながらも侍女を中へと入れる。
「…そなた、名をなんと申す?」
「私は吾夏羽(あげは)と申しまする」
《宜しいのですか?》
「何が?」
部屋へ戻ってきた途端に伊吹が訪ねてきた。
しらばっくれている訳ではないのだが、大体の予想はつく。
《あの女をこの邸に上げるなど…》
「この邸の主は誰だよ?」
勿論、青年である。
《しかし、あの部屋も着物も…》
「余計な事は詮索しない。わかったか?」
ニッコリと笑って言う言葉ではないだろう。と毒づきながらも伊吹はそれ以上何も言わなかった。
ゆるゆると時間が流れる。
そして青年はゆるゆると眠りに入る。
その様子を見て、樹紀はそっと、口に笑みを浮かべる。
《樹紀殿…》
名を呼ばれた樹紀はしぃっと唇に人差し指を当て、伊吹に静かにするように告げた。
そろそろと近寄って軽く羽織を掛けてやる。
そしてゆるゆるとまた、ゆっくりと時間が流れた。
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