瞳を瞬かせれば、己の夢に気付く。
何故今さら、昔の夢を。
何故。
己に問う価値も無く、うな垂れる。なんとも幸せだった日々よ。なんとも誇り高かった世界よ。
私は今、何を感じればいいのだろうか。



《主、魘されておったが…》

黒い鳥は心配そうにこちらを見た。

「いや、過去の夢を見た。それだけだ。」

無感傷に言葉を発する事を選んだのはいつだったのだろう。少年は青年になった。
周りの姿が変わり、己でさえも変わってしまった。
純粋無邪気な己は何処に行ったのだろうかと、目を閉じて心中で己に問い掛け、答が見つかるまでにどのくらいの時間がかかるのか。と人事のように思う。

《主!…ヤツがやって来たぞ。》

黒い鳥は小さく、それでも強く、青年の瞳を見て告げた。

「………」

走り続けている少年が息を切らす事はない。
周りの敵を確認しながら走り続ける。

《後まで来てるぞ!》

鳥の声。

「ちっ…わかってる。だけどな…この数じゃぁ…」

そう言って足を止め、周りを見渡す。
青年が足を止めると同時に止まった影は何十もの数があった。
その数をぐるりと見渡して、真夜中、青年は暗く見えない闇に向かって吠える。
叫び声のように口から吐く声は、誰にも聞こえない。
それでも、影達には聞こえた。確かな声と、叫びと、苦痛の想いが。

「夜の闇にまぎれしモノ。世の闇に紛れしモノ。あるべき場所へ、あるべき姿へ、あるべきところへ、あるべき想いへ―――!!」

青年は吠える。
猛獣のように、龍のように。
そして辺りは一層暗くなる。
それに気付いた青年は周りをじっくりと見渡し焦ったように言った。

「何?!こいつら、核もっていやがる?!!」
《こいつらは数で核を作り出す種族なんだろう。目的の言葉を吐くまで、この核からは出れないだろうな》
「なぁ〜に、テメェは人事のような口聞いてんだ??敵ん中ほっぽり出すぞ!!」

と青年が黒い鳥に毒づくが、鳥はいつものこと…と思っているのかすっかり無視し、場所の確認をした。

「どうだ?」
《あぁ、周囲に異常なし。中心核ならこっから真っ直ぐ行ったところだ。》

そうか。と青年は呟きながら走り出した。鳥はその姿を見て「あ。」と何かに気付くが、既に遅し。

「うぉ!……あ?」

何かに当たり、当たった額を確認すると同時に目の前のものをみた。黒い、影。
青年の目の前には大量の影が迫って来ていて、今にも青年に届きそうな距離。

「な…っ…くそっ!」

一瞬、ひるむが、すぐ体制を立て直し、一気に敵の気配の無いところまで走りきると青年は途切れ途切れの言葉を発した。

「なんで、あいつらが…」
《鳥目だからなぁー…見えるものと見えないものがっっ!!ちょ、待て!!待て!!》

問答無用で、鳥を鷲掴みにし、青年は力をこめて近くの木に向かって投げた。
全力を投資したのか、鳥はつぶれるような音をたて、木に当たり、ずるずると下へ落ちる。

《ひ、酷い…》
「酷いのはどっちだ?あ?」

もちろん、確認を怠った鳥の方である。
ちっ…と舌打ちをして、空を見上げるが、核の中には空は無い。あるのは唯、暗闇と、所々に生えている木のみだ。

「兎に角、中心核まで近づかないとな…」

さて、どうするか。青年は思考を巡らせる。影の想いは強いのか、想った以上に中心核に近づく事は難しい。
しかし、こちらから行動しない事にはどうする事も出来ないし、中心核まで近づく事も出来ない。
兎に角行動を起こさなければ。

「行くぞ。」

一言声を掛けると、鳥は反応しフラフラとついて来る。強く投げすぎたかな?などと、青年が心配する訳も無く、闇の奥へと進んでいく。
森の中だった場所は林となっている。そして地面は土ではなく、タイルのようなもので水平になっていた。
歩くたびにコツコツと小さな足音が鳴る。

「本当に歩くには便利だよな、核の中。」
《何を暢気な事を!!!早く出ないと主の命に関わる事。早々に立ち去るに限る。》

核の中。
異のモノが持っている“想い”を形にした空間。
それは、数が重なれば重なるほどに大きいもの。そして危険なものとなる。
“異のモノ”の“個々の想い”が重なり出来た空間。そして、中心核は想いそのもの。
あまり長い時間この核の中にいると、“想い”に影響され、この核の中から出られなくなってしまうという。
青年はヒラリと黒く長いマントを翻して中心核を目指す。その傍らに黒い鳥。

「でも、おかしいな…。ココまで中心核に近づいたらそろそろヤツらが出てきても…」
《主…》

闇が青年の背に向かって突進してきた。誰が最初に気付いたのか、青年と鳥はギリギリで闇を回避し突進してきた闇を見つめた。
闇はゆらゆらと動く。

《主、こやつが“ソウ”》

青年は鳥の言葉を聞くと目を閉じ、人差し指を口元に当てる。
そして―――

「夜の闇にまぎれしモノ。世の闇に紛れしモノ。あるべき場所へ、あるべき姿へ、あるべきところへ、あるべき想いへ―――」

片目を開き、闇を見る。
苦しんで、苦しんで、苦しんで。
最後に叫び声をあげながら深い深い闇夜へ溶け込んだ。その後に空間が元通りに戻る。
青年は想う。
この“ソウ”――想いの主――が作り出す想いはこんなに苦しいものなのだろうか、と。
闇に成り果てたモノがどのような苦しみを抱えながら、それでも想いを守ろうと。

《でもそれは。人の不幸を呼び続け、平和を取り去ってしまうモノ…》

青年の心を感じ取ったのか、鳥は一点だけに視線を合わせて言う。

《主は何も考えずに、ただ異のモノを退治なされば良い。余計な事は考えなさるな》
「―――あぁ。わかってるさ、伊吹」




青年はまだ何も知らなかった。

知りたいと想う気持ちを閉じ込める。

知ってはいけない。

知ってしまえばきっと。




――主は異のモノを懲らしめる事が出来なくなられますゆえに。




鳥の名は伊吹。

伊吹は知っていた。

自ら主が知らなくても良いことを。

いや、知らない方が良いのだと。

そして、その事を未だ主に進言することなかれ。













[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ