月夜に浮かぶ雲が、誰よりも嫌いだった。

「ヒカリヲ遮ルカラ」

喉がかれたように、熱く、痛い。

「ボクノ…光…」

全ては君がこの眼とすれ違った事から。











《…主》
「何?」
《ソレはなんですか?》
「ソレって…コレ?」
《そう、その…黒いのは……》

古い様相の家で庭を眺めながら青年は彼女を撫でていた。
それはそれは、可愛くて仕方がないと言った様に彼女をいとおしく。

「私が何を撫でようがテメェには関係ないだろ?」
《むっ…主、お知りにならんようですが彼女は…》
「不幸を呼ぶと言われている。」
《お知りに…》
「知ってるさ。」

それでも青年は彼女の頭や身体を撫でる。柔らかく、大切なものを扱うように。
何故こんなにも可愛らしい彼女が“不幸”を呼ぶといわれているのか、青年にはさっぱり訳がわからない。

《知っているなら何故手放そうとしないのですか?》

少し怒りを表に出して伊吹は問う。
伊吹は戦闘中以外は変わったように青年に敬語を使っている。
青年は相手にしていないのか、擦り寄ってくる彼女を可愛い可愛いと撫でる。
しまいには抱き上げて嬉しそうに彼女の顔に顔を摺り寄せる。

《主!!!》

見かねた伊吹が低い声で怒鳴る。

「…………何?ヤキモチ?」
《……?!!!》

青年の一言で伊吹は固まって口を金魚のようにパクパクさせた。
そう言う行動をする伊吹は決まって。

《なななな、何を仰る?!!》
「図星、か。」

バタバタと小さな羽根で羽ばたきながら文句を垂れる伊吹をみると、青年は目を伏せた。

「面白いな、伊吹は…」
《ケホッ…》

照れ隠しに咳をして伊吹は本題の話へと青年を誘う。

《町の北側では変な病が流行っているそう…》
「病?」
《なんでも、女にしかかからぬ病で…》

伊吹の話はこうだ。
ある晩、月の見えぬ日に訪ね人がやってくる。
扉をトントンと軽く叩かれている音がし、その家の主人が扉へ向かうと、女の声が聞こえる。

「もうし」
「もうし…」

扉を開けると一晩泊めてくれないかと女は言う。
泊まる所もなく可愛そうに思えるのだがそれでも、北の町は人を泊める部屋など無いほど、狭く窮屈なぼろ家に住んでいる人が多い為、了承するわけにはいかず、断る。
そうするとその次の晩にも必ず女がやってくると言う。

「もうし」
「もうし…」

昨日と同じ女。女は二回ほど「もうし」と家に声をかけるとその場から居なくなり、何もせずに帰る。
そして次、三日目の晩には誰も来ず、この家の女、全員が高熱をだし、うわ言を述べる。

「月が見えぬ。」
「月が見えぬ…」
「月が…」

そうして三日三晩熱を出し続けると最後に「もうし」と言いながら死んでいくそうだ。

《女が死ぬとその次の晩に他の家に女が訪ねてくる…》
「それって、死んだ女が代わる代わる家を訪ねてくるってことか?」
《断定は出来ぬがそう考えてもおかしくはない様ですが》
「――…私に行けと言ってるんだろう?」

空を見上げて呟くように青年は言う。
多分、今回の件も“ソウ”が関わっているのだろう。

―――誰かの想いが。











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